鮫洲曙町会の多々良町会長の所に訪れた際、収容不足問題による鮫洲の仮留置場の設置にあたり、多々良町会長が、行政と地元住民の方々との間に立って、取りまとめにご苦労された話を伺いました。
多々良町会長は東京都の治安回復のために、鮫洲仮留置場の設置の必要性を認め、行政との交渉の末、警視庁から仮留置場は5年間の暫定期間であるとの念書を引き出すことにより、町会の方々を説得されました。
その際、渋谷区の原宿警察署の新規建設にあたり、大規模留置場の建設に反対した市民団体が鮫洲曙町会の方々にいろんな事を吹き込んだり、某党の区議会議員が乗り込んで来て、「なんで、町会長は仮留置場を認めるのよ!」と怒鳴られたり、会長は相当苦労されましたが、治安の為に必要である仮留置場の設置と、仮設置期間を5年に区切ることを引き出し、住民側の納得と言う「住民の権利と行政の義務」を見事に決着されました。
さて、無事解決はされましたが、イラクのファルージャ近郊で、武装勢力により拘束された日本人民間人5人について、救出後、拘束された5人に対し「自己責任論」の議論が巻き起こりました。今回の事件の教訓として、私達は国民としての"権利と義務"について考えさせられたと思います。
国家としての一番の義務は、国民の生命を守ることです。国民は、テロ等の危険から国家に生命を守って貰える権利がある訳ですが、それと同時に外務省が出している渡航延期、渡航禁止の勧告に従う義務も国民としてあるものと私は考えます。
勿論、自分の主義、主張を通す権利も憲法で認められている訳ですが、拘束された5人の方々に対して、私個人としては、外務省の渡航延期等の勧告に従わなかったことにより起きた事件に対する反省と、救出のために迅速且つ全力を尽くした日本政府への感謝の気持ちをまず始めに示して頂きたかったと考えます。
5人の方々のジャーナリスト、ボランティアとしての考え方や主張は、一つ一つは崇高なものですが、今回の拘束事件により多くの方に多大な負担を掛け、イラク復興に向けて国家の命を受けた自衛隊をも巻き込む可能性すらあったのですから、日本国民として、そして日本人の儀礼として、まず、反省と感謝の気持ちを示すことが求められた思います。
同様のことですが、国民年金を払っていなかった7人の小泉政権の閣僚と、民主党の菅代表及び3人の民主党役職者には、やはり、国民の代表としての立場からも、国民の納得のいく反省の姿勢をきちっと示して頂きたいと願います。
反省の姿勢として、国民の付託を受けている国会議員としては各々の役職を辞することも一つの選択枝でありますが、やはり、説明責任は当然として何らかのケジメを示さなければ、国民に年金の支給額の削減と、社会保険料の負担増をお願いする政府・与党の年金制度の見直し法案を通すことは、国民の納得は到底得られないと考えます。
誰もが自分の権利ばかりを主張し、義務を怠るような国では、この国の発展は望めません。そのことをしっかりと我々も考えなければいけませんし、そのことを国民に示し、自ら実践することが政治家に求められていると考えます。
政治家、国民に求められる姿勢は、実は、身近な鮫洲曙町会の多々良町会長の姿勢が示して下さったのだと、私は考えます。
平成16年5月 石原ひろたか