石原ひろたか

自由民主党東京第三選挙区支部 衆議院議員
HOME憲法問題を考える > 首相公選制について

憲法問題を考える

首相公選制について

首相公選制とは?

石原「今回は、国民が直接首相を選べるという、いわゆる『首相公選制』について議論していきたいと思います」

山本「はい。ただ、最近ではあまり首相公選制を推す声は聞かれなくなりましたが…」

石原「確かに、昨年の衆院選、今年の参院選の結果、いわゆる二大政党制を前提とした政権交代論が盛り上がりを見せており、首相公選論は若干影が薄くなった感もあります。ただ、二大政党制の議論をより深める上でも、あるいは政党の在り方等を議論する上でも、首相公選論について議論する意義はあるように思えます」

山本「なるほど。確かに、小泉首相が就任する際には、『首相公選論』がある種ブームのように主張されました。ただ、それだけに、首相公選論のメリット・デメリットについて、特に憲法学的観点から真剣に煮詰めないまま、議論が止まっているとも言えます。その意味では、いま改めて首相公選制を議論する価値はあるかもしれません」

石原「ええ。実は、この議論は個人的にも非常に興味があります。首相公選が導入された際の首相候補として、よく父慎太郎の名前が挙がりますからね。僕自身、避けて通れないテーマです。では、最初に『首相公選制』について簡単に説明してください」

山本「はい。後で述べる通り、首相公選制にも様々なバージョンがあるのですが、概ね、日本のトップとも言うべき首相を、国民が直接選び出す制度、と理解しておけばいいでしょう」

石原「それと憲法改正論とのつながりはどうなりますか?」

山本「はい。いまの憲法の67条は、『内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する』と規定しています。つまり、憲法上、首相は『国民』ではなく『国会』が選ぶことになっているのです。これを『国民』が直接選ぶようにするわけですから、少なくとも67条を改正する必要が出てくるでしょう。その他、主張する『首相公選論』のバージョンによって、他の規定をいじる必要も出てくると思います」

石原「とにかく、ポイントは、首相を『国会』ではなく『国民』が選ぶということですね」

山本「それも、『直接』選ぶ、ということだと思います。というのも、考え方によっては、いまの憲法下でも国民が首相を選んでいると言えるからです。確かに、憲法上は、『国会』が首相を指名することになっています。ただ、その『国会(議員)』を選ぶのは、あくまでも我々『国民』なのですから、その意味では、首相は間接的には『国民』に選ばれていることになります。要するに、いまの憲法を前提にしても、首相の選択と国民意思は間接的には結び付いているのです。ところが、これが『間接』であることで様々な問題が出てきます。少なくとも日本では、『間接』であることの弊害が出ていた。そこで、いっそのこと憲法を変えて、首相と国民とダイレクトに結び付けよう、国民が直接首相を選べるようにしよう、というのが首相公選論の本質です」

首相公選論の背景(1) ― 首相の民主的正統性

石原「なるほど。では、『間接』であることの弊害とはどういうこと?」

山本「はい。まず単純に、国民は『自分たちが首相を選んでいる』と強く意識できなくなる。政治的疎外感です。特に、国民と首相の『つなぎ役』である『政党』に問題があれば、この疎外感はより深刻になります」

石原「というと?」

山本「実は、現在のところ、憲法上も法律上も、政党がどのように自党の首相候補を決めるかを規定していません。従って、総選挙で勝利した国会内の多数派が、どういう方法で首相候補を決めても法的にはOKということになるわけです。法的には何でもあり…。従って、小渕首相が倒れて森さんが選ばれたときのように、自民党の『密室』の中で、あるいは『派閥の論理』で首相候補が選ばれ、国民のあずかり知らぬところで事実上首相が決定されてしまう(*1)というケースが出てくる 」

石原「ただ、森さんの場合は、小渕さんが総理在任中に倒れるという緊急事態だったわけだから、そのような選出になってもしょうがないのでは?」

山本「確かに…。そう考えると、政党の問題というより、現行の議院内閣制の内在的限界とも言えますね。確かに、現行の憲法は、首相を欠いたときは内閣が総辞職するとだけ書いてあり(70条)、解散・総選挙しなければならない、とは書いていない 。(*2)内閣が総辞職しても、そのときの『国会』が改めて新首相を議決すればいいわけですから、少なくとも憲法上、総選挙を行う必要はない。つまり、現行の議院内閣制では、首相を欠いたときの新首相には民意が反映されない場合があるわけです。その点、大統領型の首相公選制は違います。『首相』を欠いた場合には、首相の公選時に首相とワンセットで国民により直接選ばれた『副首相』がその後を継ぐわけですから、一応、『新首相』の民主的正統性は担保されることになります。ちなみに、大統領制をとるアメリカ憲法には、『大統領が免職され、死亡しまたは辞職したときは、副大統領が大統領になる』とする規定があります(*3)

石原「いずれにせよ、いまの議院内閣制では、国民が首相を直接選ぶことができない。あくまで『国会』の議決で指名されるのだから、多数派の論理で首相を交代することもできる。従って、国民の立場に立てば、自分たちとはかけ離れたところで首相が選ばれていると考えてしまう。しかも、多数派内での首相の選出過程に不透明性があることは、それによって誕生した首相の民主的権威や民主的正統性を弱めることになる。これが首相公選論の一つの背景というわけだ」

首相公選論の背景(2) ― 首相の指導力と内閣の政策統合機能

山本「ええ。実は、このことは、首相公選論の二つ目の背景ともつながってきます。つまり、首相と国民との関係が『間接的』であること、しかもこの関係を接続する『政党』の首相選出過程に問題があることが、首相のリーダーシップに悪影響を与える…。だからこそ、首相と国民との関係をダイレクトにして、首相の民主的正統性を強め、ひいては首相のリーダーシップを高めようとする主張が出てくるわけです」

石原「首相が国民から直接選ばれるようになれば、首相も『自分は国民から選ばれんだ!』と自信をもって行動できる。大胆な改革も可能になりますすね」

山本「そういう主張ですよね。いまの状況のように、首相が政党のパワーゲームの中で『密室』で選ばれるとなれば、首相は政党の領袖の顔色を常に窺う必要がある。他方、国民から直接選ばれるのであれば、それほど政党の内部的なしがらみを受けずに、強い指導力を発揮できるかもしれない…。これが首相公選論の強みですよね。ただ、政党の選出過程が十分に民主的で公正であれば、首相公選をとらなくても、首相は指導力を発揮できるかもしれません」

石原「なるほど。政党内の選出過程が透明かつ公正であれば、たとえ『政党』から選ばれたのであっても、首相は胸を張っていられるわけだ」

山本「ええ。ただ、首相の指導力の欠如については、現状の議院内閣制に内在的な問題もあると思います。例えば、議院内閣制における『内閣』は、基本的には『国会』の信任の上に成り立っているわけですから、国会で不信任決議が通れば、当然、辞職せざるを得ない(69条)。その意味では、議院内閣制における首相の地位は不安定とも言えます。首相は、憲法上『任期』が規定されていない代わりに、常に『不信任』のプレッシャーに晒されるわけですから…。このようなプレッシャーの中にあっては、強固な官僚組織を相手にする余裕など出てこないとも考えられます」

石原「なるほど。この点、大統領型の首相公選制をとれば、首相は『国会』ではなく、あくまで『国民』の信任の上に成り立っている。だから、『国会』の不信任や『政局』にびくびくする必要がない。次の『首相選挙』までは――つまり任期中は基本的には安泰なわけだからね。しかも、公選された首相は、『自分は国民に直接選ばれたんだ!』という強い自信をもつことができる。先程の話のような政党のしがらみもそれほどない。こうなれば、首相がこれまで以上の指導力を発揮できる可能性は出てくるよね。僕自身、この指導力というのは本当に重要だと考えています」

山本「というと?」

石原「特に、官僚に対するコントロールです。これまでの政治をみると、本来は首相や各大臣が役人を指揮・監督するのが筋なのに、逆に役人にコントロールされてしまっている感が否めない。橋本内閣において省庁の統廃合、内閣府の権限強化がなされたが、未だに『縦割り行政』のような『官僚政治』の弊害が解消されていない。このことは、国家の統一的意思形成という点でも問題だよね。その意味でも、もっと首相がリーダーシップを発揮する必要があると思う」

山本「いまの点は、『官僚政治』の民主的正統性という観点からも重要だと思います。つまり、我々『国民』は、仮に『政治家』が政策に失敗した場合には選挙で責任を問えます。しかし、『官僚』の場合には責任を問えない。官僚は選挙で選ばれたわけではありませんしね。ですから、政治的責任をとれる首相あるいは内閣が、官僚をしっかりと使って、自らが政策作りの主体となる必要があるわけです」

石原「その意味では、首相が強力なリーダーシップを発揮して、官僚をコントロールしながら大胆に政策を実現していける首相公選制は魅力的な制度だと思いますが」

山本「う~ん。確かに魅力的ではあるのですが、いろいろな問題が、しかも複合的に存在していると思います。次に、首相公選制の各バージョンの具体的説明とともに、その問題点について説明していきたいと思います」

石原「ぜひお願いします」

大統領制型の首相公選制

山本「憲法改正を必要とするような首相公選制には、少なくとも二つのバージョンがあります。一つは、大統領制型の首相公選制(以下、A案)。もう一つは議院内閣制をベースにした議院内閣制型の首相公選制(以下、B案)です」

石原「それぞれ簡単に説明してくれる?」

山本「はい。A案は、事実上の大統領制です。要するに、国民が首相・副首相をワンセットで直接選挙する。この場合、首相は『国会』ではなく、『国民』の信任の上に成り立っているわけですから、原則として『国会』から不信任を突きつけられることはない。国会から弾劾されない限り、一応任期をまっとうできるわけです。クリントン大統領の例をみてもわかるように、『不倫』では弾劾されない(笑)。任期をまっとうできるわけです。日本の議論では、1任期を4年とし、3選を禁止するという見解が多くみられます」

石原「なるほど。アメリカの大統領制を参考にしたものだ」

山本「そうですね。合衆国憲法では、大統領は4年に1度の大統領選挙で選ばれ、3選は禁止されている。つまり、一人の大統領は、原則として最大8年しか努めることができません。ニューディール政策で有名なフランクリン・ルーズベルト大統領が1940年の大統領選挙で3選された後、大統領権限の強化に対する批判が高まり、3選を禁止する憲法改正がなされました(*4)

石原「ただ、これだと、『首相公選制』というよりも、まったくの『大統領制』だよね」

山本「その通りです。A案は『大統領制』。ただ、中曽根案以降(*5) 、あえて『首相』の公選といっているのは、天皇との関係に配慮したからでしょう」

石原「なるほど。『大統領』と銘打つと『元首』というイメージが強くなり、『天皇』を『元首』とする現行憲法と矛盾するということだ」

山本「ええ、ただ、『大統領制』ではなく『首相』公選制と言葉を換えても、なお公選された『首相』と『天皇』との関係を問題視する見解もあります。国家『元首』が二人いることになってしまう、と」

石原「これは憲法学にはやはり問題?」

山本「実のところ、あまり問題ではありません。現行憲法の規定からすれば、天皇は『象徴』ではあるが、『元首』とは書いていない(1条)。明治憲法と違い、いまの日本国憲法には、どこにも『元首』という言葉は書かれていないのです。従って、『誰が元首か』という問題は、そもそも憲法問題ではないということができます」

石原「なるほど。ただ、憲法上、天皇が『元首』と思っている人は多いのでは?」

山本「そうですね。ではもう少し説明を加えると、『元首』とは、『外国に対して国家を代表する権能』を意味しますが、その点、現行憲法の『元首』は、実質的には内閣または内閣総理大臣ということになります。条約締結権は内閣が有するわけですからね(73条4号)。ただ、これは少し複雑なのですが、天皇を『元首』と考えることもできる、という見解も確かにあります。なぜなら、現行憲法でも、天皇は、認証や接受のような、外交関係に関する形式的・儀式的行為を認められているからです」

石原「なるほど。この場合にはやはり問題になるのでは?」

山本「う~ん。それでもあまり問題にはならないと思います。いまの見解は、『憲法上、外交の実質的権限が内閣にあったとしても、なお天皇を元首と考えることができる』というものですから、実質的権限の所在と『元首は誰か』という問題を切り分けているわけです。となれば、たとえ首相が公選されて、首相の実質的な権限が増大しても、なお天皇を元首と考えても差し支えないことになる」

石原「なるほど。結局は心理的な問題になってくるわけだ。それでもなお不安をもつ場合には、『天皇が元首である』という憲法条項を新たに加えて、天皇の形式的元首性を明確にしておくという考えもあるのでは?」

山本「一部にはあると思います。ただ、これは、『天皇は日本国の象徴である』と言っているのと実際には変わらないと思います」

石原「そもそも『元首』は、具体的な行政権を伴う言葉ではないからね。あくまでも『外国に対する国の顔』。そうなると、結局は心理的問題に帰着してしまう…。法的問題にはなじまないかもしれません。本来もっと議論すべきは、やはり大統領型首相公選制(A案)の法的・制度的問題のような気がします

山本「その点、A案に顕著な問題は、無能な大統領を選んでしまった場合の対処方法でしょう」

石原「必ずしも父のような人物が選ばれるわけではないからね(笑)」

山本「ええ。基本的には、一度選んでしまった以上、国民は任期の間、耐え忍ばなければならない。ハンカチを噛みながら(笑)。もっとも、このような場合に備えて、リコール制を導入するとか、国会の特別多数決による不信任決議を認めようとする案もあります。ただ、その場合には、任期中については、周囲を臆することなく指導力を発揮できるとするA案のメリットは減じられることになります」

石原「非常に難しい問題だね」

山本「もっと難しいのは、首相の所属政党と、国会内の多数派政党が異なったときの対処です。議院内閣制では、国会の多数派から首相が選ばれるわけですから、国会と首相とが激しく対立することは基本的にはありません。ところが、首相公選制では、首相の選挙と国会議員選挙は別立てですから、両者が別の政党によって占められるということがある。この場合、首相は自らの政策を押し通そうとするし、国会は国会で自らの政策を押し通そうとする。首相も国会内多数派も同じぐらいの民主的正統性を持ちますから、どちらも頑として譲らない…。まさにデッドロックの状態です。特に、首相がどの政党にも属さない単なる『有名人』の場合は、彼を支持する議員が国会に一人もいないこともありえますから、さらにひどい衝突が予想されます。もちろん、首相選挙へ立候補する場合には、一定数の国会議員の推薦を要するといった条件を付すことによって、首相と政党との結び付きを担保する方法もありますが、根本的な解決になるかは疑問です」

石原「そうなると、長野県の田中康夫知事vs.県議会のバトルを思いだすね(笑)。ただ、大統領制をとる限り、大統領と議会との『ねじれ現象』は必然的に生じるわけだよね?」

山本「ええ。だから大統領制はうまくいかないのです。確かに、南米やアフリカなどの多くの国で大統領制がとられていますが、やはり大統領と議会との衝突が起き、その政治的行き詰まりを打破するために、大統領が軍をバックに独裁制をひくといった問題も生じます。あるいはクーデターが起こることも結構あります。大統領制で成功している国はアメリカ合衆国ただ一つだ、という指摘はよく聞かれるところです(*6)

議院内閣制型の首相公選制

石原「次にB案を説明してくれる?」

山本「B案は、議院内閣制の本質を維持したまま首相の直接選挙を導入しようとするイスラエル式のやり方です。従って、公選された首相に対して、なお国会が不信任権を有する。また、内閣(首相)の国会解散権もそのままのかたちで残るとされます」

石原「『国民』が直接選んだ首相に対し、『国会』が不信任を突きつけることもできる…。非常に複雑なシステムだね」

山本「A案より複雑な制度といえますね。ただ、首相選挙と議員選挙を同日にやっても、首相の所属政党と国会内多数派が異なる場合は出てくるのですが、B案は、不信任権と解散権がそれぞれ留保されていることで、首相と議会とのデッドロックを回避することができるという点にメリットがあります。行き詰れば解散すればいい。不信任を出せばいい、と」

石原「なるほど。その意味では確かにA案のデメリットは回避できるかもしれません。ただ、別のデメリットが出てくるのでは? 不信任と解散がありうるだけに、逆に政局の混乱が絶えない」

山本「そういうことになりますね。実際、イスラエルでは、『首相公選制が政局の混乱を招いた』として、わずか5年間で首相公選制を廃止しています」

石原「なるほど。これでは首相公選制の導入によって首相の指導力を高めるという目標を達せられない。確かに、首相を国民が直接選ぶことはできるが、議会の不信任を温存する限り、首相の地位は逆に不安定ということになる。これでは腰をすえて官僚をコントロールすることなどできないね」

山本「さらに、イスラエルでは、政党の機能低下という問題が指摘されたようです。ある政党が選挙で勝利し、議会内で多数派を形成したとしても、首相の所属党派と一致しない限りは、国政の基本方針にかかわるような政策を実現できないからです。従って、イスラエルでは、部分的な利益を代表する小政党が躍進したようです」

石原「とにかく、首相のリーダーシップが発揮できないのであれば、B案のような首相公選制はあまり価値がないと判断せざるを得ないね」

終わりに

山本「今回議論したように、A案、B案にもそれぞれ欠点を抱えています。そもそも『民主主義』それ自体、完璧な政治制度ではなく、専制や寡頭制より『ましな』制度を意味するにすぎないのですから、どれも欠陥を有しているものです。ただ、A案、B案が抱える欠陥は比較的深刻なもののように思えます。その点、最近では、現状の議院内閣制を維持したまま、二大政党制への転換をはかり、政権交代を頻繁にすることで首相と国民との風通しを良くし、首相の民主的正統性と指導力の強化を同時に図ろうとする議論が聞かれます。ただ、この場合でも、議員選挙の前に、『わが党が選挙で勝てば○○を首相にします』と予め公約しておく、政党における首相候補選出を民主的かつ公正に行う、といった政党内秩序が重要になってくると思います」

石原「なるほど。イギリスの選挙制度に近いね。議員選挙の前に首相候補を明示しておけば、議員選挙が事実上、首相を選択する選挙になる。こうすれば首相の民主的正統性は向上する。また、二大政党制にして政権交代を頻繁にすれば、政と官の癒着は減るから、官に対する首相の指導力も向上するかもしれない。しかも、首相の所属政党と国会の多数派は当然一致するから、両者の激しい対立は生じない…。ただ、僕自身は、これは過渡的制度としては悪くないと思うが、最終的な到達点としては大統領型の政治制度に魅力を感じている」

山本「というと?」

石原「やはり、官僚に対するコントロールという点です。大統領型の強みは、官僚の多くを大統領自身が任命し、任期中しっかりとコントロールできる点だと思う」

山本「確かに、アメリカの大統領は、各省庁の長官、副長官、長官補、次官さらには局長級まで直接任命できるとされています。大統領自身が任命しなくとも、3500から4000名以上の官僚が『政治的任用』によって行政府に入ってくると言われています 」

石原「ここまでは現在の議院内閣制では無理でしょう。確かに政権交代によって政官癒着の膿は出るだろうが、結局は政権がコロコロ変わることになるから、首相はそれほど多くの官僚を任命できないだろうし、実効的なコントロールは難しいと思う」

山本「確かに、行政各部のコントロールという点で、大統領制のメリットはあると思います。ただ、それだけ問題もある…」

石原「しかし議論する価値は十分あると思います。実際、ただ一つとはいえ、アメリカでは成功しているわけだから。次回は、二大政党制やいわゆる『政党条項』に関する議論を行う中で、なぜアメリカの大統領制が成功しているのか、日本に導入するとどのような問題が生じるかなどを具体的に論じていきたい」


*1 小泉首相の私的懇談会である「首相公選制を考える懇談会」の報告書より。詳細は、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousen/kettei/020807houkoku.htmlを参照のこと。

*2 厳密には、小渕氏が意識不明の状態のときに森首相が誕生している。従って、当時も、70条の「内閣総理大臣が欠けた」状況には当たらないのではないか、という指摘があった。

*3 合衆国憲法第25修正第1節。アメリカの歴史を紐解けば、これまで8人の副大統領が大統領の死亡によって大統領に昇格している。

*4 ルーズベルト大統領は、1944年の大統領選挙で、実際には4選されている。

*5 中曽根康弘「何故首相公選制を主張するのか」読売新聞1961年10月31日。

*6 確かに、ドイツやフランスにも大統領は存在しているが、それらの国では、基本的には議院内閣制をとっており、実質的な行政権は大統領ではなく首相が有している。特にドイツでは、ヒットラーを生み出した反省から、大統領を直接選挙で選ぶ制度をとらず、その権限もかなり厳しく制限されている。また、大統領の他に首相を置くフランスの大統領制は、『半大統領制』といい、純粋な大統領制とは区別されて論じられる。

*7 参議院憲法調査会事務局『内閣と議院内閣制に関する主要国の制度』(参憲資料10号平成14年、原田一明執筆)28頁。この調査には、山本も調査員として加わっている。

ページTopへ戻る ▲

東京第三選挙区
石原ひろたか事務所
大井事務所
〒140-0014
東京都品川区
大井1-22-5八木ビル7F
地図はこちら>>

TEL 03-3777-2275
FAX 03-3777-3902

国会事務所
〒100-8981
東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第1議員会館813号室

TEL 03-3508-7319
FAX 03-3508-3319

お問い合わせはこちら
憲法問題を考える
リアルタイムな活動をチェック!
石原ひろたかのBlog、Twitter、Facebookの公式アカウント
  • 石原ひろたか公式facebook
  • 石原ひろたか公式twitter
  • 石原ひろたかオフィシャルBlog
ページTopへ戻る ▲