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「憲法改正と政党」―アメリカ大統領制の「秘密」―

大統領型首相公選制のメリット

石原「前回は『首相公選制』のメリット・デメリットについて議論しました。その中で、僕自身は大統領型の首相公選制に魅力を感じていることをお話しましたが、今回は、その導入の是非と、政党に関わる問題について深く議論していきたいと思います」

山本「はい、わかりました。ただ、その前に、ひろたかさんが大統領制に魅力を感じている理由を改めて聞かせ下さい」

石原「簡潔に言えば、強力なリーダーシップを発揮しながら官僚をしっかりと統制し、国民が望む政策を大胆に実行できるという点に魅力を感じています。現状の議院内閣制では、国民の選択した政策が、『官僚の論理』によって阻まれることがある。政策転換がなかなか進まない…。他方、アメリカ型の大統領は、①国民によって直接選ばれるため、強力な『民主的後ろ盾』を有し、また、②基本的に任期が固定されているために(アメリカでは4年)、議会の不信任や党内の政治力学とは無関係に在職し続けることができます。従って、強いリーダーシップをもって、しっかりと官僚を統制し、政策立案、立法ができると考えています」

大統領の任命権

山本「なるほど。この点、アメリカ合衆国憲法2条2節2項が、大統領の広範な任命権を憲法上基礎付けている点が注目されます。すなわち、『大統領は、…憲法にその任命に関して別段の定めがなく、かつ法律によって設置される他のすべての合衆国公務員を指名し、上院の助言と承認を得て、これを任命する』と規定しているのです(*1)実際、大統領によって直接任命されるのは、各省の長官・副長官から、長官補・審議官・次官ないし局長級まで及ぶとされ、その数は1500人を越えると指摘されています。政治的に任用された者を含めると、全体で3500から4000人にのぼるとされ、大統領は、就任後約10週間かけて、それらの任命について熟慮するといわれています(*2)

石原「…結構、骨の折れる仕事だね(笑)。ただ、このような広範な任命権を持っていれば、行政組織を自分の考え方に基づいた方向で進めることができる。つまりは、自らの政策に同調し、それをしっかり実現できる行政組織を構成することができる」

行政組織と大統領の関係

山本「ただ、大統領に広範な任命権を認めることは、行政の政治的中立性を害し、『官僚の政治化』を招くという点で批判もあります。この点、ひろたかさんはどう思われますか?」

石原「実際に『行政の中立性』が求められるのは、役所の窓口レベルなわけだから、それを政治的任用の対象から外せば問題ないと思います。確かに、役所の窓口まで大統領の任用にかかるとすれば、大統領の政策に批判的な者のパスポートを発行しないなどの不都合が生じるかもしれません(笑)。ただ、アメリカでもそこまでの制度は考えていないでしょう。問題は日本の官僚制度では、人事は官僚自身で行われ、頻繁に変る大臣には人事権など握らせない不文律があります。企業でもそうですが、人事権を握っていない社長の言うこと一から十まで従う部下がいますか。日本の官僚制度の根本的問題はそこにあるのです。そう言う面では、私の父である都知事が都庁の人事権を実行したことが、都政をダイナミックにさせた起動力であり、その成功例からも首相の『幅広い任命権』は必要です。そもそも、官僚の仕事は行政→許認可と執行であり、当然行政の立場から中立でなければ成り立たないはずです」

山本「そうですね。ところで、アメリカの憲法学には、『行政』概念を『執政』と『管理』に分けるという考えがあります。他方、日本の憲法学では、いまだに『行政権』を『控除説』という考えに基づいて定義しています。行政権を『すべての国家作用のうちから、立法作用と司法作用を除いた残りの作用である』(*3) と定義付ける見解です。立法権と司法権を引いて、残ったのが行政権だと。これはかなり広い定義です。これだと、大統領や内閣による閣議も『行政』だし、役所窓口でのパスポート発行も同じく『行政』ということになってしまう。アメリカでは、この両者を区別し、政治的作用である前者を『執政(executive power)』、非政治的作用である後者を『管理(administrative power)』と捉えようとする見解が有力です(*4) 。ひろたかさんの指摘には、いま述べた『行政二元論』が背景にあって、『行政』のうち『管理』を政治的任用から外せば問題ない、というものですね?」

石原「ええ。そういうことになりますね」

山本「アメリカでも、政治的任用による官僚以外に『職業官僚』と呼ばれる人たちがいて、基本的に『管理』作用を担当しています。その意味で、『行政の中立性』は確保されていると考えることもできます。ただ、政治的に任用される官僚と、政治的に任用されない『職業官僚』とは性格がまったく異なるために、しばしば両者に軋轢が生じることもあるようです」

石原「なるほど、行政内部での紛争だ。ただ、そういう内部的軋轢なら、日本のキャリア対ノンキャリアの争いでもお馴染みだしね(笑)。とにかく僕の見解では、大統領の広範な任命権には、デメリットを上回るメリットがあると考えています。すなわち、大統領による行政組織の実効的な統制と、それによる政策の実現が可能になるという点です」

山本「ただ、任命権だけを重視するのであれば、現状の議院内閣制の下でも、国家公務員法などの『法律』を改正し、首相の任命権を拡大させればいいのではないでしょうか?」

石原「ある程度は可能ですが、おそらく限界があると思います。議院内閣制では首相の任期が固定的でない。首相が代わる度に多くの官僚を入れ替えていたのでは、行政組織の統一性はあまり期待できなくなる。そうなると、やはり、首相がその任期を全うできる大統領型の導入が不可欠となるように思えます」

山本「なるほど。大統領型の首相公選制が導入されてはじめて首相の任命権の実質的拡大が可能になる、という指摘ですね。ひろたかさんのお考えは、(1)いわゆる『官僚政治』が、国民の選択した政策の実現を妨げてはならない、(2)そのためには、官僚をしっかりと統制する必要がある、(3)そのためには、首相が官僚の広範な任命権を有することが重要である、(4)そのためには、大統領型の首相公選制の導入が必要である、というものですね」

なぜアメリカで大統領制がうまく行っているのか? ― アメリカの「二大政党制」

石原「はい。この点で、『首相公選制を考える懇談会』の報告書にある『国民が首相指名選挙を直接行う案』(いわゆる大統領型首相公選制)が、以下のような憲法条項を追加しようと試みている点が注目されます。すなわち、『首相は、大臣、副大臣、政務官等を任命することができ、行政各部について広範な人事権を持つ』とする条項です。公選制の導入に伴い、このような憲法改正を行うことも議論されてよいのではないでしょうか」

山本「なるほど。これまでのお話をお聞きして、官僚に対するリーダーシップという点で、ひろたかさんが大統領型の首相公選に魅力を感じていることは理解できます。ただ、前回も議論したように、大統領制には本質的な欠陥があるように僕には思えます」

石原大統領と議会選挙とが別々に行われるために、大統領の所属政党と議会の多数派政党とが異なる場合が出てくるということですね。その場合には、大統領と議会との間に厳しい対立が起き、『政治的行き詰まり』が生じてしまう

山本「はい。議会がある法案を通そうとしても、大統領は拒否権(veto)を行使してその成立を拒む。大統領が政策を実現しようとしても、議会はそれを受け入れない。当然、大統領と議会は、それぞれ別個の選挙基盤の上に成り立ち、独立しているため、「解散権」も「不信任決議(権)」も持ちません。従って、政治的な停滞が起きてしまう。大統領制で成功しているのはアメリカだけだ、という指摘も行いました」

石原「ただ、少なくともアメリカでは成功しています。ということは、アメリカで大統領制が成功している原因を探ることが重要だと思います」

山本「そうですね。僕は、この原因として、アメリカにおける政治風土と、ある意味特殊な『二大政党制』の存在を挙げられると思います。周知のように、アメリカは共和党と民主党による二大政党制をとっているといわれています。しかし、実のところ、この二つの巨大政党が、個々の議員活動に与える影響は比較的小さなものであるとされています。『二大政党』といっても、実際には『四年に一度の大統領選挙に勝つための便宜的かつ一時的な諸州党の連合体にすぎない』と指摘されているのです(*5) 

石原「確かに、アメリカでは政党の影響力が小さく、党議拘束が弱いという指摘はよく聞きます」

山本「はい。アメリカにおける政党は、『小さい政府か大きい政府か』という国家機能に関する『哲学』において緩やかに結合しているだけですから、マクロ的な問題について議員に一定の指示を与えることはあっても、個々の具体的問題については、議員個人の考えが優先されることになると言われています 。(*6)実際、アメリカでは、党議『非』拘束の『交差投票(cross voting)』が基本であり、日本のような党派的な投票は、下院の議長選挙の場合など、きわめて例外な場面に限られています」

石原「なるほど。アメリカでは党議拘束が弱いために、大統領と議会とが異なる政党によって支配されている場合でも、それを乗り越える可能性を有している、ということですね。つまり、国家の根幹に関わるような重大問題については、議員は自らの所属する政党の枠組を越えて連帯し、国内的コンセンサスを作り上げることができる。『9.11事件』直後のアメリカは、まさにそのような感じだった。2001年当時、連邦議会は共和党・民主党の勢力が拮抗していたはずなのに、ほぼ一致して共和党のブッシュ大統領を支持した」

山本「いずれにせよ、アメリカでは政党の実質的影響力が少なく、議員個々の判断が重要視されるために、大統領の所属政党と議会の多数派政党との食い違いが、必ずしも政治運営のデッドロックを生じさせないということになります」

アメリカでは、なぜ議員は政党から「自律」しているのか?

石原「となると、なぜアメリカでは、個々の議員が『政党』から自律し、自らの判断で投票することができるのか、という点が重要になります。この原因を突き止めれば、日本でも大統領制を導入する可能性が拓ける、ということになる」

山本「僕の考えでは、次の五つ原因が考えられると思います。第一に、議員立候補者の選出過程です。アメリカの場合、立候補者は、イギリス・フランス・日本と違い、各地域での直接予備選挙(direct primaries)によって指名されます。従って、党による公認手続を、議員統制の手段として活用することはできません結果、『政党の政治力学よりも地方の影響の方が強力かつ重要になる』わけです(*7) 

石原「所属政党よりも自らの選挙区に目を向けるわけだ」

山本「第二は、非公式の超党派の形成です。アメリカでは、『地域的関心、人種関係、あるいはイデオロギーに基づく特定の問題について投票ブロックを形成し、グループとして行動する傾向』があると指摘されています 。そのような超党派の例として、.黒人議員団会議、輸出関係議員会議、さらには『きのこ関係議員団』というグループもあるようです。かわいいですね(笑)」

石原「なるほど」

山本「第三に、議員個々のパーソナリティが挙げられます。特にアメリカでは、議員の多くがロースクールを卒業した法律家だ、ということが重要です。もともと法的な素養があるために、議員自らが法案を立案し、批判する能力をもっている。この点、上院議員だったケリー大統領候補や、ヒラリー・クリントンもロースクールを卒業した法律家です」

石原「議員が法的知識を備えているということは、『政党からの自律』という点でも重要だし、『役人からの自律』という点でも重要だね。現状、国会議員は役人の作った法案を追認するだけだから。これは大いに問題だと思っています」

山本「第四は、いま述べたこととも関連しますが、議会スタッフの充実です。アメリカでは、各院事務局・委員会スタッフ・議員の立法担当秘書・法制局・議会調査局(CRS)・会計検査院(GAO)・議会予算局(CBO)が整備され、各議員の立法調査、国政調査を助けていると言われています」

石原「議会スタッフの充実は非常に重要だと思う。興味があって調べたことがありますが、アメリカでは2万4千人が議会スタッフして働いているとのことです。そして、議会スタッフが議会活動に与える影響があまりに大きいことから、彼らを『影の政府』、『見えない政府』、『選挙によらない代議士』と呼ぶこともあるそうです」

山本「それは面白いですね」

石原「さらに、下院議員は、秘書や事務所経費などのために年間90万1800ドルの手当を受けているとのことで(1997年度)、各議員は、この手当の中で、常設秘書18人、非常勤秘書4人まで雇用することができるとされています。1999年の数字を見ると、一人当たり平均約17人の秘書を雇用しているようで、このうちの2~3名が立法担当秘書(Legislative Assistant)だと言われています。さらに上院議員は、一人当たり平均で43人の秘書を雇用しているようです」

山本「かなり充実していますね」

石原「ええ。僕はこのようなアメリカの制度を参考に、日本でも、議員数を減らす代わりに立案、立法の為の秘書を含む議員スタッフを充実させるべきだと考えています

山本「なるほど。それによって議員の個々の能力を上げ、自律性を確保するわけですね」

石原「その通りです」

山本「なお、議員が政党から自律している第五の原因に、いわゆる利益団体・圧力団体の影響を指摘できますが、ここでは深く触れません」

日本における政党と議員 ― 自民党の改革!

石原「これまで議論してきたように、もし日本でも議員の『政党からの自律』が果たされれば、大統領型の首相公選制を導入してもうまくいく可能性があるということですね」

山本「その可能性がありますね。ただ、日本における政党と議員との関係を前提にすると、そもそも『議員の自律性』、『個々の議員の独立』は達成可能だと思いますか?」

石原「確かに難しいと思う。この前の年金問題をみても、僕は世論調査上7割以上の有権者が反対する年金改革法案を、例え、現行の給付と負担のレベルを維持した場合、毎年4兆円の年金基金を取り崩す必要があったとしても、通すべきではなかったと考えるし、何故、与党の議員の中から、ハンガーストライキを行っても反対する議員がいなかったのか不思議でならない。余程、党の締め付けが厳しいからだと考えざるを得ないのが実情です。僕は自民党に属しているが、あの法案には反対だった。日本では、あのような重要な問題に関しても、いたずらに厳格な党規律が働き、議員個々の自律性を抑え込んでしまっている、これは問題だと思う。」

山本「そうですね。おそらく、日本において議員個々の自律性を高めるには、様々な制度改革をしていく必要があると思います。ひろたかさんは、この点をどう考えますか?」

石原「まず、先にも述べたように、議員スタッフを充実し、議員一人一人の立法能力を高めていく必要があると思う。現状、政策秘書、第一秘書(年収は政策、第一共 年齢等により800万円~1,150万円) 第二秘書(年収、550万円~850万円)の公設秘書3名が認められ、一議員あたり年間約2,300万円の歳費が認められているが、アメリカと比べれば少ない、アメリカの様に秘書給与も含めた歳費を増やし、秘書の人数の上限は決まるものの議員一人一人の裁量で、秘書を雇用出来る様にすべきである。その他、重要なのは、『党内の民主主義』を達成することだと思う。例えば、アメリカのように、党内での立候補者の選出過程に『民主主義』を導入すれば、党の執行部に無駄に頭を下げる必要がない」

山本「ちなみに、現状、自民党の立候補者の選出過程はどうなっているのですか?」

石原「自民党は4月の埼玉8区衆議院補選で、党本部による公募方式を取ったが、これは稀なケースで、各地域本部に候補者選出を委ねているケースが多半だと思う。僕の場合は、自民党の品川総支部の衆議院選候補者選定委員会(品川区選出の自民党の都議、区議等にて構成)が候補者として、僕を選定し、大田区の選定委員会(東京3区は、品川区全域、大田区の調布地区、伊豆七島、小笠原諸島のため)がこれを追認し、それから党本部に申請をして公認を貰った。党本部の公募方式も、僕の場合も共通の選定基準があるか曖昧だ。勿論、党員による事前投票といった方法も考えられるが、東京3区の場合43万人程度有権者がいるのに対し、1900人弱しか党員がいない中で、党員による事前投票が機能するのかは疑問。しかし、曖昧な選定方法は、有効的な方法があれば改革する必要があると思う。その他、憲法改正や年金問題などの重要法案については、党内での民主的議論を十分に行い、『党益』より『民意』が重視されるような場合には、党議拘束を弛め、交差投票を認めていく必要があると思う。憲法43条1項は、『両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する』と規定し、議員が『全国民〔の〕代表』であることを明記している。この点、議員の離脱を一切許さぬような硬直的な党議拘束は、憲法43条にも馴染まない可能性があると思うのです。僕の重視する『党内民主主義』とは、党の政治的イデオロギーを重視しつつ、一定の場合には議員の自律性を認めるような『民主主義』です」

憲法改正と政党条項

山本「確かに、ひろたかさんが提案するような『政党改革』を進めていけば、大統領型の首相公選制を導入しても成功する可能性があると思います。しかし、いまの日本の状況を見る限り、この改革の実現には、あまりに時間がかかると思いませんか? そのなかで大統領型の公選制を導入するのは非常に危険だと思うのですが…」

石原「それはそうだと思います。現時点でアメリカ型の公選制を導入しても、きっと大きな混乱を招くだけでしょう。だからこそ、まずは『政党改革』を行い、議員の自律性を認めるような『党内民主主義』を確立していくことが重要になると思うのです。この点で、僕は、ドイツ連邦共和国基本法のいわゆる『政党条項』に関心を持っています」

山本ドイツ基本法212項は、『政党の内部秩序は、民主制の諸原則に合致していなければならない』と規定しています。代表民主制を維持するに当たり、政党が不可欠な存在であることを認めたうえ、憲法上『党内民主主義』を要求しているのです。憲法上『党内民主主義』を規定している国として、他にフランス、イタリア、スペインなどの国があります。ちなみに、フランス共和国憲法4条1項は、『政党及び政治団体は、国の主権と民主主義の原理を尊重しなければならない』と規定しています(*9) 

石原「僕は、首相公選制に向けた憲法改正を行う前に、ドイツの政党条項のように、政党改革に向けた憲法改正を議論する必要があると思っています」

山本「なるほど。重要な指摘ですね。結論的には賛成です。価値の多元性が重視される現代社会においては、個々の有権者意思を集約し、それを政策へと組み替える『政党』の役割が重視されます。このように、政党が政治において果たす役割が大きければ大きいほど、政党内部における『民主主義』が重要になると思います。ただ、ひろたかさんのご提案は、このような目的とは少しずれてきていると思います」

石原「というと?」

山本「ヨーロッパ諸国の『政党条項』は、政党が、議院内閣制の下で、有権者の多様な意思を国政に事実上反映するために重要な存在であることを前提として規定されています。政党は、選挙の際に公約を行い、それに基づく党議拘束をかけることによって、有権者の意思を国政に反映させていく。そのような公的な媒体だからこそ、政党内部での民主的公正さを、憲法上要求しているわけです」

石原「なるほど…。僕の提案は、個々の議員の自律性を認める根拠として『党内民主主義』を要求するものだけど、このような考えは、逆に、政党の党議拘束を通した民意の反映と矛盾してくるのではないか、という指摘ですね。ただ、僕自身は、民意の反映と党議拘束の強化とは必ずしも結び付かないと考えています」

山本「確かに、選挙時の『公約』をどのように実現していくか、あるいは『公約』の対象ではなかった事項についてどう判断するかは、党内でも争いの起きうる問題ですね。そのような問題を、一部党員の判断に委ね、それに基づき党議拘束をかけるというのは、政党の寡頭制化を導き、逆に民意に反するかもしれない…」

石原「ですから、衆議院選挙の時には自民党の公約の中では十分な説明が成されなかった年金問題のような重要法案については、本来は党内で十分議論を尽くし、それを国民に公開し、党内の少数派を保護する必要があると思うのです。従って、このような場合には、党議拘束を外し、議員の自律的判断を重視する。このような方法こそが、真に民意に合致する『党内民主主義』だと考えているのです」

結び ― 大統領制=緩やかな政党制か、議院内閣制=厳格な政党制か

山本「ユニークな議論ですね。ただ、僕自身は、議員の自律性と政党本位の政治(政党政治)との間には、やはり一定の緊張関係が存在しているように思えます。議員の自律性を強化すれば、政党の役割は薄れるし、政党の役割を重視すれば、議員の自律性は薄れる」

石原「その意味では、政党の役割に関する議論と関連してきますね」

山本「まさに、そうだと思います。そもそも、今回議論した大統領制は、政党の弱体化を引き起こすシステムだと指摘されるように、政党政治と矛盾する要素を内在しています。先に触れたように、アメリカでも、政党の規律が弱いからこそ、大統領制が成功している」

石原「ただ、僕は、アメリカでも政党は機能していると思っています。しかし、それ以上に注目すべきは、議員個人の能力が高く、政党に従う場合と、自己の良心に従う場合とをうまく切り分けている、という点です。このように、個々の議員の能力が、政党制と大統領制とを両立させる鍵だと考えています。議員は、場合によっては(例外的に)政党の枠を越えて判断できる。それによって、強力なリーダーシップを発揮しつつ官僚を統制できる大統領型の首相公選制へと途が拓けると思います」

山本「なるほど。議員一人一人の能力を向上して、党内で実質的な立法論を行う…。このことは、事実上の『立法権』を官僚や族議員から『議会』に取り戻すために重要な提案だと思います。しかし、僕自身は、現状の議院内閣制を維持し、また憲法改正の必要のない『国民内閣制』に魅力を感じています 。(*10)実質的な二大政党制の下、両党が選挙前に首相候補者を明示することで、議員選挙を事実上の首相選択選挙にする。こうなると、『議会』が『首相(内閣)』を選ぶというよりも、『国民』が『首相(内閣)』を選択するという意味合いが強くなるわけです」

石原「もう少し詳しく説明してくれる?」

山本「はい。『○×党』という党があれば、○×党は総選挙前に、『うちの党が勝てばAを首相にする』と公約しておくのです。そうすれば『○×党の議員に投票すること』は、実質的に『Aを首相にすること』と結び付きますから、通常の議員選挙が、同時に首相を選択する選挙になるわけです。それにより、事実上『国民に選ばれた首相』、『国民に選ばれた内閣』が誕生することになります。国民にしても、自分たちが首相を選んだのだ、という気になる…。言うまでもありませんが、このような制度をとるドイツ(*11) ・イギリス・フランスでは、日本のように与党内の論理で首相が頻繁に交代することはありません。先の例を使えば、あくまでも国民に選ばれた『A』が継続して首相を努めることになります。党の論理で『A』から『B』に首相が交代することは基本的にはない。従って、一般に首相の在任期間が長く、閣僚の平均任期も日本を大幅に上回っています 。(*12)このようなことによって、大きなリスクのある大統領制を採らなくとも、首相(内閣)は腰を据えて、官僚をコントロールしていくことができると考えられます」

石原「これらの国では、首相の任命権の範囲はやはり広いのですか?」

山本「そうですね。例えばイギリスをみると、首相は、大臣・無任所大臣・下級大臣(政務次官を含む)・法務官を含む100人以上の任免権を有するばかりか、各省の事務次官・次官代理までの任命権をも有するといわれています 。(*13)このような広範な任命権により、首相が官僚をコントロールし、自身の掲げた公約を大胆に実現していくことが、ある程度可能になるものと思われます。これも、(1)首相が事実上国民に選ばれることで、強いリーダーシップを発揮しうること、(2)党内論理で交代されないことによって地位が安定することなどがあるからです」

石原「なるほど。ただ、このような『国民内閣制』を採ったとしても、党内の調整を要する点で、やはり現代社会に求められる迅速かつ大胆な政策転換は難しいと思います。さらに、党議拘束を重視する『厳格な二大政党制』の下では、国民の少数意見が国政から切り捨てられる危険性もあると思います。従って、特定の事項については議員の自律性を重視し、多様な見解を反映できるような、アメリカ型の『緩やかな二大政党制』にも魅力があるように思います。いずれにせよ、我々の政治システムを選択するのは国民です。様々な意見を聞きながら、壁に突き当たっている日本の政治を、21世紀の国家・国民の政治とする為にも、引続き積極的な議論を行っていきましょう」

*1 アメリカ憲法2条2節2項は、さらに、『ただし、連邦議会は、法律によって、その適当と認める下級公務員の任命権を大統領のみに、又は裁判所に、若しくは各部局の長に与えることができる』と続く。

*2 阿部竹松『アメリカ合衆国憲法』(有信堂、2002年)215頁。

*3 芦部信喜『憲法・第3版(補訂版)』(岩波書店、2002年)294頁。

*4 いわゆる執行二元論については、駒村圭吾『権力分立の諸相』(南窓社、1999年)を参照のこと。

*5 日本国際交流センター編『アメリカの議会・日本の国会』(サイマル出版社、1982年)300頁。

*6 興味深いことに、大統領が他党に属する者を自らの閣僚に加えることもある。例えば、1940年、民主党のF.ルーズベルトは、共和党のH.スティムソンを陸軍長官に、同じく共和党のF.ノックスを海軍長官に任命している。阿部・前掲書、216頁。

*7 参議院憲法調査会事務局『アメリカ合衆国における憲法事情に関する実情調査 概要』(2001年)43頁。

*8 日本国際交流センター編・前掲書、42頁。

*9 フランス共和国憲法4条1項は、「政党及び政治団体は、選挙による意思表明に協力する。政党及び政治団体の結成及びその活動は、自由である。政党及び政治団体は、国の主権と民主主義の原理を尊重しなければならない」とし、2項では、政党等が男女の機会均等の実施に資するものであることを要求している。

*10 国民内閣制については、高橋和之『国民内閣制の理念と運用』(有斐閣、1994年)を参照のこと。

*11 ドイツでは、現在5つの主要政党が存在している。ただ、基本的には保守のキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU/CSU)と、左派の社会民主党(SPD)を中心にした二大政党型の連合政治が続いている。

*12 ドイツ・イギリス・フランスの閣僚の平均任期は、それぞれ48.5ヶ月・27.5ヶ月・28.7ヶ月と、日本の11.6ヶ月を大幅に上回っている。やや古い資料であるが、片岡寛光『内閣の機能と補佐機構』(成文堂、1982年)102頁。

*13 詳しくは、上田健介「イギリス内閣制度と首相(一)・(二)」法学論叢147巻4号(2000年)・149巻3号(2001年)を参照されたい。