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憲法改正と熟議 ―国民投票法案の検討―

1.はじめに

石原「お久しぶりです。今回は先の通常国会の閉幕間際に国会に提出された『日本国憲法の改正手続に関する法律案』について議論したいので宜しくお願いします」

山本「いわゆる『国民投票法案』ですね。いや、正確には『憲法改正手続法案』」

石原「確かに、そう呼んだ方がよいかもしれない。法案は、通常の立法手続に国民が直接関与するような手続まで規定したものではない。それに、法案は、憲法改正に必要な国会の発議についても規定しているから、『憲法改正手続法案』と通称した方が分かりやすい」

山本「ご存知のように、日本国憲法 96 条は、憲法改正について 2 段階の手続を踏みなさい、と言っています。国会の発議と国民投票です。衆参両院それぞれの 3 分の 2 の特別多数決で発議され、その後ようやく国民投票にかかわる。そこで国民の過半数が賛成し、はじめて憲法改正が実現する。かなり厳重な手続を課しているわけですね(1)。今回の法案は、国会の発議手続と、国民投票の手続の両方を盛り込んでいます」

石原「これで憲法改正のリアリティがより増した。ただ、まだまだ議論すべき問題が含まれているのではないか。憲法改正の手続を決めるのであるから、とくに慎重な検討が必要になる。今回は、憲法学の視点から、法案の論点を整理してもらい、その点に関する議論を深めていきたいと思う」

2.「国民」の「過半数」とは?

山本「法案をみると、いろいろな論点が含まれていますね。例えば、投票権者をどうするのか、という問題もあります。国政選挙の投票権者と一致させるのか、それとも、憲法改正が主権者国民の最も重要な権利行使であることを踏まえて、その範囲を拡大させるのか」

石原「そういう議論もあった。今回の与党法案では、国政選挙と同様、 20 歳以上の日本国民に投票権を認めている( 3 条)。いまの話と関連して、通常の国政選挙では選挙権を有しないとされる者、例えば刑に処された者や、天皇、皇族にも広く投票権を認めるかどうかが問題になる」

山本「通常の選挙とのコントラストをつけるためにも、国政選挙の場合の投票権者と、憲法改正国民投票の場合の投票権者とをあえて区別するという議論もありますね。それだけ憲法改正は特別なものなのだ、という意識が芽生える。他に、『過半数』の意味も解釈上問題となる」

石原「法案では、有効投票総数の 2 分の 1 ということになった」

山本「『過半数』を、有権者総数の過半数、投票者総数の過半数と捉える学説もあったのですが、法案は憲法学の通説を採用しました」

3.国民投票の期日

石原「細かく論点を議論してゆくときりがないので、ここからは重要な論点をいくつか絞っていきたい」

山本「そうですね。では、今回は、さしあたり次の 3 つの論点を取り上げてみたいと思います。 1 つは、国会の発議から投票までの期間、 2 つ目は国民投票と政党・メディア・金との関係、 3 つ目は憲法改正に問題があった場合の司法審査のあり方についてです」

石原「では、まず発議から投票までの期間について検討しよう。大切な議論だ」

山本「法案では、国民投票は、国会が発議した日から 60 日以後 180 日以内にやりなさい、となっていますね( 2 条)。だいたい発議から 2 ヶ月たったあたりから、半年以内にやれ、ということです。これは、旧与党案から少し変わっている。旧案では、発議から 30 日以後 90 日以内となっていた」

石原「旧案では、発議からすぐに国民投票を、ということだったわけだ」

山本「はい。短期集中型の憲法改正。実は、これはかなり問題だと思っていました」

石原「短期型の方が集中して議論できるのではないか。期間が長いと冷めてしまう」

山本「いい言葉を使ってもらいました(笑)。『冷める』という言葉……。冷めてもなお必要だ、と思える憲法改正こそ、本当に必要な憲法改正なのではないでしょうか。短期型だと、そのときの気持ち、感情で一気に行ってしまう可能性がある。おそらく、発議手続を終えた後で、政治家やマス・メディアはある程度ハイな状態になっているでしょうから、国民がそれにアジられる可能性がある。そうなると、多数派政党の私的利益によって改正がなされてしまう可能性もありえます。通常の立法手続ならともかく、国家の根幹にかかわる憲法改正手続には、やはり熟議( deliberation )が必要だと思います」

石原「なるほど。確かに短期間だと、国民が判断するための情報も限られてくるし、多角的な視座が提供されない可能性もある。結婚に踏み切るときの判断と似ている。とにかく熟慮が大事(笑)」

山本「面白いですね。確かに、憲法改正も婚姻も、一度決めたらなかなか変えられない。両方とも、『あ、失敗しちゃった』では許されないですからね。いま思い出しましたが、東京大学の長谷部恭男教授は、憲法改正の際の熟議の重要性を説くために、イギリスの離婚制度を例に挙げています (2)」

石原「それは?」

山本「イングランドの家族法( the Family Law Act 1996 )は、離婚をするに当たって、その当事者に対して、一定の熟慮期間、一方が婚姻破綻の申出をしてから 9 ヶ月という期間ですが、それだけの冷却期間をとりなさい、と規定しています」

石原「なるほど。感情的な決定は信用ならないということか。ちなみに、山本さんはどれくらいの熟議期間が必要と考える?」

山本「例えば、アメリカの憲法修正手続をみると、成立のために 4 分の 3 の州の承認が必要とされることもあって(3)、一般に、連邦議会の発議から承認までの期間をかなり長くとっています。とくに、 1921 年に、連邦最高裁が、発議から承認までの期間を 7 年以内とした禁酒法修正(4)の手続を合憲として以降(5)、『 7 年』というのが 1 つの基準になっているようです」

石原「長いね」

山本「もっと極端な例を挙げると、議員報酬に関連する憲法第 27 修正などは(6)、発議から承認まで 200 年以上かかっています。『熟議』のし過ぎでしょうか(笑)。この承認は、 1980 年代に、テキサス州のある大学生が、 1789 年に連邦議会で発議されながらそのままになっていた憲法修正案が依然として承認される可能性があることを指摘したことで始まったと言われています(7)。もちろん、『 200 年間熟議しろ』とは言いませんが(笑)」

石原「あまりに長くすれば、同時代性も失われる」

山本「そうですね。承認する『国民』の同一性も失われます。ただ、発議から国民投票、すなわち承認まで、少なくとも 1 年以上の期間を置いてあげることが重要だと思います(8)。この間に、国民はゆっくり考えることができる。この点、発議から 60 日後に投票日を設定できる今回の法案は、憲法違反の可能性をも含んでいるように思えます(9)。」

石原「確かに、憲法改正のような重要案件には時間をかけることも重要だ。スペインやスウェーデンの憲法でも、総選挙を挟んで、構成の異なる議会で 2 度発議することを求めている。しかし、北朝鮮との関係も緊迫しつつある最近の国際情勢を踏まえれば、一方で、そんな悠長なことは言っていられるか、という反論もあるだろう。改正手続に時間がかかって、結局多くの国民が犠牲になってしまう、などということは断じてあってはならない。法案の規定する、発議から 60 日以後 180 日以内という枠内の中で、いかに『熟議』を尽くすか、これが大事になると考える。時宜を得た憲法改正が必要だ」

4.政党、メディア、金

山本「ただ、仮に法案の設定する期間をよしとしても、その中で本当に熟議できるのかは、やはり慎重に議論されなければならないと思います。例えば、法案は、国民投票に当たっての情報提供機関として、憲法改正案広報協議会を設置することを定めています」

石原「この憲法改正案広報協議会が、国民投票に向けた政党の意見放送などを割り振ることになっている( 107 条)」

山本「ここで、まず 2 つの問題あると思います。 1 つは、『政党』を基準に放送時間等を割り振られること、 2 つ目は、その割り振りを決める協議会の委員が、結局は各議院の会派の議員数によって割当てられるということです」

石原「現在の政党政治の下では、政党を基本に考えるのは当たり前ではないのか」

山本「通常政治( ordinary politics )においては、政党政治でよいと思います。ただ、憲法改正を云々する憲法政治( constitutional politics )においては、政党の役割を若干修正する必要があると思います。例えば、主要な政党がすべて、ある憲法改正案に賛成しているとしますよね。そうなると、テレビ放送では、憲法改正案に賛成する意見しか聞かれなくなる。しかし、本来そこで伝えるべきなのは、政党の意見というより、純粋な反対意見なのではないでしょうか」

石原「なるほど。例えばイギリスなどでは、政党ごとに時間を割り振るのではなく、賛成派と反対派で区別して、両者に平等に割り振っている。一部参考にしなければならない」

山本「さらに、協議会の委員が有力政党によって占められるとすると、反対意見をもっている弱小政党が改正プロセスから排除されてしまう可能性がある」

石原「憲法改正案広報協議会のメンバーの構成も含め、その点は配慮してゆくとの説明を受けている。憲法改正プロセスにおいては、政党政治を剥き出しにして数で押し切るということは極力努力し避けてゆく姿勢を与党は持っていると思う」

山本「他に気になるのは、メディアの動きと、金の動きです。法案は、投票日前の 1 週間については、テレビ・ラジオなどを通じた意見広告を禁止していますが、それ以外は基本的にフリーになっていますね」

石原「背景に表現の自由の問題がある」

山本「そうですね。ただ、まったくフリーにしてしまうと、メディアを使える勢力、つまり資金力の豊富な側が有利になるという可能性があります。この点は、州民投票制をもっているカリフォルニア州などでも、いわゆる『イニシアティヴ産業( initiative industry )』をめぐる問題として議論されているところです。つまり、州民に対して有効なキャンペーン活動を行うために、専門のコンサルタント会社が台頭し、州民投票が、結局は、こうしたコンサルタントにどれくらいの金を投資できるか、そして、どれだけ彼らを使えるか、という金銭的経済的な争いになってしまっている、ということです」

石原「憲法改正については、経団連なども積極的に発言してきている。そうなると、憲法改正と金との関係については慎重に議論する必要がありそうだ」

山本「単純に言うならば、憲法改正を金で買えるようなことがあってはならない、ということです。先にも触れた通り、通常政治と憲法政治とは区別して考えなければならない。メディア側にそういう自覚があればよいのですが……」

石原「なるほど。とても重要な問題だ。通常の選挙運動と同様に憲法改正手続きにおける贈収賄罪の適用をどうするかとの問題は大きな議論になってきたと聞いているが(因みに、民主党案では、贈収賄罪の適用を憲法改正手続きに関しては見送るといった理解し難い内容となっている)、国民投票手続と、政党・メディア・金との関係、資金力のある政党とない政党の問題については、これまでそれほど議論されてこなかったように思う。

通常の選挙運動と同様の規制をイメージしてきただけなのかもしれない。改正手続の歪みは、結局は、成立した憲法改正の legitimacy や権威ともかかわってくる。通常の国政選挙と憲法改正手続との本質的な違いをしっかりと受け止め、憲法改正のための公正な討議の枠組みを作り出さなければならない」

5.憲法改正に対する司法審査?

山本「最後に、あまり議論されていないのですが、憲法改正に問題があった場合に、裁判所はどのような役割を果たすべきか、という問題があります」

石原「法案は、国民投票無効の訴訟について規定している( 127 条)。ただ、基本的には手続上の違法性があった場合にのみ司法介入を認めている。その意味では、裁判官の役割は限定的なものになるのではないか」

山本「本当にそうでしょうか。例えば、アメリカなどでは、実際に行われた憲法修正の手続が、憲法の定める憲法修正手続に反するとの訴訟が何度か起こされてきました(10)。日本でも、何らかの憲法改正が実現された場合には、その反対者は、『敗者復活』を狙って、必ずこの国民投票無効の訴訟を提起するでしょう。公職選挙法 204 条にもとづく選挙訴訟が、これまで日本でも数多く提起されてきたことを思い出していただきたいと思います」

石原「なるほど。確かに反対派がイチャモンをつけてくる可能性は高い。そうなると、憲法改正は、国民の承認を得たからといってそれで終わりというわけではない。その意味では、家に帰るまでが遠足、ではないが、訴訟が終わるまでが改正手続、として捉えておいた方がよく、承認後の訴訟のことも考えておくべきなのだろう」

山本「そう思います。単純な手続違反であればよいのですが、中には判断に困るようなものも出てくると思います。改正手続法の規定それ自体が、憲法の平等原則や表現の自由に反する、という憲法レベルの主張もありえます。公選法にもとづいて提起された選挙訴訟の多くが、単純な手続違反ではなく、公選法の規定それ自体を問題にしたことと同じ理屈です。この点、憲法修正手続の違憲性を問題にしたアメリカのコールマン判決では、いわゆる『政治問題( political question )の法理』がとられました。憲法修正手続をめぐる問題については、裁判所は極力判断すべきではない、それは『政治問題』であって、裁判所の判断する問題ではない、という見解です(11)」

石原「山本さんが指摘するように、憲法改正過程に対する裁判所のかかわり方についてもあらかじめ議論を深めておく必要がある。ただ、われわれ国会議員の仕事として最も大切なのは、イチャモンをつけられないような改正手続を事前に整備しておくことだ。今回の議論を踏まえ、熟議の手続のための熟議を積み重ねていきたい」

6.終わりに

石原「憲法改正手続法案は、先の通常国会では提出に留まり、会期末を向かえてしまった。秋の臨時国会から審議を重ね、多くの国民の理解を得て、可能な限り早く法案を成立させたい、それが自民党の多くの議員の思いだと思うし、私もそう考えている。日本国憲法 96 条に、憲法改正の手続きとして国民投票を明記しているにも関わらず、その手続きを決める法律が無かったことは、もはや、日本国憲法が成立してから約 60 年も経つ中で、政治の怠慢としかいえず、今回議論してきた内容について、熟慮は必要であるが、結論を付けて、法案を成立させることが国会議員としての責務であると考える」

1:憲法 96 条 1 項:「この憲法の改正は、各議院の総議員の 3 分の 2 以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」。

2:長谷部恭男「改憲発議要件の緩和と国民投票」全国憲法研究会編『続・憲法改正問題』(日本評論社、 2006 年) 11 頁。

3:合衆国憲法第 5 条参照。

4:周知のように、合衆国憲法第 18 修正は、酒類の製造・販売等を禁じていた(これにもとづいて、あの悪名高い禁酒法が制定されたわけである)。ただ、この禁酒法修正は、第 21 修正によって 1933 年に廃止されている。

5: Dillon v. Gloss, 256 U.S. 368(1921).

6:第 27 修正は、「上院議員及び下院議員の職務に対する報酬を変更する法律は、次の下院議員選挙が行われた後でなければ、その効力を生じない」と定めたものである。 1789 年に発議され、 1992 年にミシガン州が承認したことで成立した。

7:第 27 修正の修正プロセスについては、大沢秀介「アメリカにおける憲法修正過程をめぐる最近の議論について」法学研究 74 巻 1 号( 2001 年) 65 - 71 頁参照。

8:長谷部教授は、より明確に、「 2 年以上の期間を置くこと」と述べている。長谷部・前掲注( ) 10 頁。

9:井口秀作助教授は、「 60 日でも、国民の『熟慮』の期間として十分であるか問題である」と指摘している。井口秀作「『国民投票法案』の批判的検討」全国憲法研究会編『続・憲法改正問題』(日本評論社、 2006 年) 34 頁。なお、議会が承認期間の定めを置くこと自体が改正(修正)規定に反するとするものに、